月曜日、また×2京都の「耳鳴り・めまいセンター」へ通院してきました。はじめの受診で、「あなたのは心因性だとおもいます。耳には所見はありません。耳鳴りは精神安定剤で抑えられるでしょう。それに伴う不眠は音楽なり、ラジオなりを聞きながら眠ればかいしょうできます」といわれてはいましたが、一応、耳鳴りの検査を看護婦さんが入れてくれていたので、再度の受診となりました。
朝、息子を幼稚園に送り、泣きじゃくる下の息子をじいちゃんにあずけ、予定時間より1時間早くウチを出ました。1人でぷらぷらできるなんて、もう何年もない贅沢な時間です。耳鳴りも「心因性のストレスから」といわれていますし、ココロも洗濯が必要です・・・。しかも、京都まで足をのばして1人でぷらぷらなぞ、普通の暮らしでは望むべくもありませんから。(週末にグラスアートでウチを2時間空けただけで、ウチに戻ったらひっくり返った居間と、転げまわる息子たちと、その横でなにもかもやりっぱなしで眠りこけている主人がいるのです。かたずいた居間に帰れたことはありません。帰宅したら、荷物を降ろすのもそこそこに、まずかたずけからはじめて、ひるごはんの製作にかからなくてはいけません。そして、帰宅してから1時間はたたないと座ることも、一息ついてお茶を飲むこともできないのですから。)
京都への電車に乗り込んだとき、4人がけの席で、隣は学生風の男の人でした。しばらくすると、今出発したばかりの駅でドアが閉まったとたんその男の人が立ち上がりました。「あ、降り損ねたのかな?」とおもっていたら、その人のあとの空いた席にやんちゃ風の10代っぽい兄ちゃんが座ろうと手をかけたそのときです。「すいません、その席は、この方にお譲りください!!」はっきりとした声が響きました。さっきの男の人でした。後ろに申し訳なさそうにおばあさんが立っていました。兄ちゃんはだまってどこかへ行きました。「あ〜、良かった。」とおもいました。そして、すごく幸せな気持ちになりました。いまどき、なかなか勇気が出ません。こんな人もいるんだ。見習わなくちゃとおもい、また、ほんわかしたきもちになりました。
京都で病院へ行き、「君のは、心理的なものなんだから、根本的な原因をなくさないと。今の主訴は不眠なんだから、不眠はまた別の診療科だし・・・」といわれて、しかたなしに帰る、帰り道に乗ったバスで、おばあチャンが動いているバスの中をよろよろと運転席までやってきました。「市役所前でおろしてください・・・。」運転手さんはまだ若い兄ちゃんですが、妹の旦那にそっくりで、驚いてしまいました。おもわず、じ〜っと動向を見ていると「え?おばーちゃん、どこやって?それより、あぶないから、すわっててください。」優しい声がしました。話し方まで妹の旦那にそっくしでした。おばあさんは座りはしましたが、「降車」のボタンは押しません。(たしか、次の停留所のような・・・?)とはおもいましたが、私もバスは2回目なのでよくわかりません。停留所が近付いてきます。(ボタン、押してあげたほうがいいかな?でも、違ったらわるいしな)迷っていると、その運転手さんは次の停留所で止まると、ちゃんとおばあさんがよろける足でバスを降り切るのを見届けてどあをしめました。運転しながら、ちらちらと心配そうにおばあさんを見ていた運転手さんがとても印象的でした。仕事だとはおもいますが、こういうとき、迷惑そうだったり、面倒くさそうな態度をとる人もおおいなか、とても気持ちがよかったです。またほんわかとした気持ちになりました。
家路をいそぎながら、ほんわかとした気持ちを抱きつつ、家族の事を思いました。ウチで待つ子供らとじいちゃんにお土産を買いました。喜ぶ顔を思い、また、ほんわかとしたきもちになりました。主人の事も考えました。耳鳴りは、ストレスのせいだと医者に言われ、実際、主人と口論になった晩から発症したことを主人に話したとき、主人には「あなたのせいで。」と聞こえたようでした。
こどもができるまでが長かったし、できるまでは主人にために最善を尽くしました。それがあたりまえになっていたのか、子供が生まれるにつれ、主人のために裂ける私の手はだんだんと少なくなり、それよりも、HELPの手を求めるようになりました。大人と違い、子供の要求は「今」ですし、できることも限られています。こどもたちにかける手が増え、私からのHELPの要求がふえるごとに、主人は「大事にされていない」と不満を持っていったと思います。まるで、下の子に母親をとられたように感じる上の子のように私には見えました。「そうじゃなくて、あなたは、親でしょう?」なんども心の中で叫びました。母親は、毎日、24時間365日求められる要求に答え続けるうちに、「個」をなくしていきます。「私」よりも、守るべきものへ、その手は与えられます。そして、いやおうなく、「親」へと変貌を遂げるのです。ですが、男親はなんら生活は変わりません。結婚前も、結婚後も、何も変わらず。会社にいって、稼いでくる。こどもがうまれたら、責任は増すと思いますが、それはメンタルなめんでのみですし、ウチの主人のようにほとんど家にいない出張ばかりの暮らしだと、「親になる」ということにぴんとこないのかもしれません。それこそ、週末、帰宅してこどもたちとお風呂に入るときと、たまにオムツを替えるときだけしか、「親」になった気分はないのではないかと思います。
ですが、私は母親です。眠るときも、常にこどもがおきたときに備えています。もしもの時には私が子供たちを必ず守らなければ。同居の義父の安全も、生活の面倒も、家族と家を守るのが私一人にゆだねられているのです。これをもうこどもが生まれてから5年ちかく続けています。この状態をストレスがないとはいえないと思います。そんな中でも前だけを向いてやってきました。
なんども主人には「たまりかねて切れる」という形で伝えてきましたが、その時ばかりの反省で終わっているように思います。主人にも「ほんわかした気持ち」を持って接してあげればいいのだとわかっていますがなかなか目前に繰り広げられた有様を見るとつい愚痴ってしまい、暗い気持ちになります。いまのまみぞおの課題は、これをどうするか?だとおもわれます。耳鳴りも、答えがでたら、解消するのではないかなぁ・・・。
突然ですが、まみぞお、地元のテレビに出ることになりました。下の息子Hと共にデビューです。と、いうのも、今通っているグラスアートの先生が取材を受けることになり、一緒に出てくださいという運びになったからです。Yが幼稚園にいる間なら・・・ということで行ったのですが、思いのほか撮影に時間がとられ(何度も取り直し)、Hは言うことを聞かず、散々な撮影時間でした。
まみぞおは「こんにちわ」と「またぜひいらしてくださいね〜」くらいしか言ってませんが、一応デビューということで(ははは)
たまたま誰かの目に触れたとき、「あら、やだわ〜。まみぞおさんたら、ちょっとテレビだとおもってきばっっちゃって〜」などと言われるのが恥ずかしいので、ホンマに普段着で(化粧だけはしましたが)行ったのですが、かえって恥ずかしかったかも。取材といってもカメラと指示だしの人のみのへぼいものでしたが、いい経験をしました。
先生はこれで、生徒さんが増えるかもと期待しているようです。まだ新しいクラフトなので、いろいろ宣伝が大変な模様です。まみぞおも、いずれこども英語にしてもグラスアートにしても教室をやるにはこういう広報方法もあるかもとおもったりしたしだいです。
どんなふうに映ってるのか、自分で見るのが怖い・・・。それなりにせめてうつっててほしいなぁ。

